そこからの眺め

見上げるか、見下ろすか、近づいて注視するか、遠くから全体を広く見るか。
同じモノでも、見方によってどうとでも捉えることができる。

自分が今見ているその景色は、本当にその見方で良いのか?

夜がふける

旅に出てから、何度目の夜だろうか。
今では火をおこすのにも、そんなに時間が掛からなくなった。

燃え上がる火を、ただひたすら眺める。
そのときに考えていることなど、なにもない。それが無ということなのだろうか。
ただただ、燃えている火を眺める。

何かのタイミングで、眠りに入る。
その何かはわからないが、火が消えるからという事ではない。

本能としか言えない。


戻れない

長い洞窟を抜けると、今までの暗闇が嘘だったかのような
とてもまぶしい光に包まれた。

白い世界に徐々に目が慣れてくると、様々な色があるのがわかる。

色は、想像していたソレとは異なり、今までの世界の常識が通用しない。

こういう世界なのか、自分の目がおかしいのか。
この世界に慣れる必要があるのか、違うと声高く叫ぶのか。
元の世界に戻るのか、それとも何かを求め進むのか。

暗闇に戻る勇気はなく、ただ進むしかないのである。

その一瞬に

一瞬の喜びというものがある。
似たような事を経験しているからこそ、その喜びは長続きしないとわかる。
その後に待ち受けている苦難を考えれば、諸手を上げて素直に喜べない。

だからこそ、その一瞬をおおいに喜びたいとも思っている。

あらかじめモノゴトの先を読んで人生を歩むことは大事なことだと思うが
喜びの感情は、大小関係なく爆発させても良いんだ。

満たしていく

壮大な景色を体感すると、何かに満たされる。
「何か」というのは、うまく言葉で言い表せない。

ただそれは、元々あったモノかもしれない。
失われていったモノを、また満たしていく感じ。

地球のあらゆるところを巡りたい。
そして自分の中の失われている何かを少しずつ満たしていきたい。

満たしきった先に何があるか分からないが・・・

地平線

広い公園で、犬を解き放ち、自由に走り回る様を、ゆっくり眺めたい。
公園じゃなくても良いが、都心には中々ないのが現状だ。

広大な大地を求めた結果、やはり地方に赴かなければならないのだろうか。

そういえば、地平線を最後に見たのは、いつだろう。

釣り人

糸を垂らして、ただ、待つ。
その場にとけ込む事が出来れば良いと考える。

ひさしく釣りはしていないが、
魚を釣ることよりも、ただただ雲の流れる様や波が漂う様をずっと見ていたい。

普段の生活から似たようなことを探してみても、まったく見つからない。
それだけ、いつもの自分は時間に追われているのだろう。

遭遇

互いに様子を伺うことは、人間に限らず、初対面では良くあること。

相手の興味は何かを知る為に、キーワードを投げかけてみる。
反応すれば深く掘り下げ、無反応であれば、別のキーワードを投げるの繰り返し。

こっちの引き出しが空っぽになった段階で ゲームオーバーだ。

そんなのが面倒であれば、自分の好きな話題だけで直球勝負すればいい。

それすら出来なければ、そこから

人生と山

たまに人生を登山に例えたりする人がいる。
今の私は、八合目あたりだ、と。

自分に置き換えて考えてみる。
・・・
考えたら、自分の人生いつまで続くか分からない。
100歳生きるかもしれないし、平均寿命よりも短いかもしれない。
明日を生きる保証は、どこにもない。

そんな状況で、今は人生のどのあたりとは、なかなか言えない。

あとは、ゴールの設定をどこに置くかも、人それぞれかなぁと。
死とするのか、定年退職か、はたまた・・・。
下山までがゴールとすれば、もう頂上は過ぎてるかもなどなど
考えだしたらキリがなくなってきた。

今どのあたりっていうのは面倒くさいから
とりあえず登ってると思うよ、でいいと思う。

人生設計が考えられてないなと言われても、それは仕方ないな。

森の主

欲が強ければ強いほど、ウソをついてしまうことがあるかもしれない。
罪悪感に欲が勝ってしまう。

神様、仏様じゃなくても、そういうものは見透かされてしまう。
正直に、NOと言おう。
NOと。

打ちのめされる

世の中の厳しさという嵐に巻き込まれ、心身ともに打ちのめされている。

自分には何が出来る?
と自問自答の日々が続く。

何かしらで役に立つと思ってきたが、いよいよそれすらも出てこなくなった。

自分には何が出来る?自分には・・・

夜道を走る

田舎にいた頃、夜が怖かった。
街灯も無く、車も滅多に走らない道を歩くことは
常に人間では無い何かに狙われている
感覚があった。

しかし、そこまで心配じゃない夜もあった。
お月様だ。

月明かりは本当に明るく、街頭も無い暗い道を照らしてくれる。
都会では、決して感じることが出来ない、不思議な明るさ。

同じ風景でも昼間とは違う景色を彩る。

心細くもあったけど、あの景色にもう一度触れてみたい。

シャボン玉に囲まれて

誰しも幼少期にシャボン玉に、はまったのではないだろうか。
思いっきり息を吹いても、うまく出来ない。
ほどよい息の吹き加減が難しかった。

シャボン玉を無数に飛ばしたい。
その思いが空に向かって強く吹くのだろう。

今でもたまにシャボン玉で遊んでいる子供を見かける。

重力があるこの地球上で、大小の虹色の球体が幻想的な世界を感じさせる。
その世界に大人子供関係なく、引き込まれてしまうのだろうか。


雲の浮き輪

浮き輪をつかって、海を漂うように
雲の浮き輪をつかって、空を漂いたい。

風の流れに任せながら、いつしか成層圏を抜けて、宇宙を漂いたい。

ただ流れに身を任せたい。

どーん!と飛んでみる

Hellya

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